こんにちは。Anagraftの伊藤です。
「AIやデータ活用のコンサルティングをしています」と自己紹介をすると、ほぼ間違いなく、生成AIの話題になります。「ChatGPT/Claude Codeを業務でどう使えばいいか」「生成AIで何か新しいことができないか」。もちろん、これはとても良いことです。AIがこれほど多くの方の関心事になった時代は、これまでありませんでした。
ただ、その一方で、少しもったいないと感じることがあります。企業の中に眠っているデータから非効率を見つけ出し、予測や最適化によって利益に直結するインパクトを生み出す。そうした「生成AIではないAI」の活用が、生成AIの華やかさの陰で、議論の俎上にすら載りにくくなっている気がします。
本稿では、生成AIと従来型AI(予測・最適化など)の違いを整理したうえで、どちらを使うにしても欠かせない「課題設計」の考え方についてお話しします。生成AIを否定する話ではありません。むしろ、両者を正しく使い分けることで、AI投資の成果は大きく変わるというのが本稿の主張です。
そして、成否が課題設計で決まるのであれば、次の論点は、その設計を担える人が社内にいるかどうかになります。後半では、AI研修を積み重ねても設計する力が身につきにくい理由と、成果を出すAI人材をどう育てるかまでを扱います。
目次
ここ数年、企業のご担当者や経営者の方とAI活用についてお話しする機会のなかで、ある変化を感じています。以前は「AIをどう作ればいいか分からない」というご相談が多かったのに対し、現在は「生成AIをどう活用すべきか」という、ツールを特定したご相談がほとんどになりました。
会話のなかで需要予測や在庫最適化の話をしても、どこか話がかみ合わず、ピンと来ていないように見えることがあります。「AI活用」という言葉が、いつの間にか「生成AIの活用」とほぼ同義になってしまっていると感じます。
繰り返しになりますが、生成AIへの関心の高まり自体は歓迎すべきことです。問題は、AIの選択肢が生成AIだけに見えてしまうことで、本来もっと大きな経営インパクトを生み得る課題が、検討の対象から外れてしまうことにあります。
この状況は、ある意味で自然な流れでもあると思います。2022年11月のChatGPT公開以降、生成AIはこれまでにない速さで普及しました。誰もが自分の言葉で指示するだけで、文章作成や要約、調査、コード作成までこなしてくれる。専門家でなくても価値を体感できるという点で、生成AIは従来のAIとは比較にならないほど「分かりやすい」技術です。
従来の機械学習によるAIは、データサイエンティストがデータを整備し、モデルを構築して初めて動くものでした。経営者が自分の手で触って体感することは難しかったと思います。生成AIはこの障壁を取り払いました。「AIと言えば生成AI」という認識が広がったのは、その体験のインパクトの大きさゆえだと思います。
実際、企業への導入も急速に進んでいます。PwCが2026年に公表した「生成AIに関する実態調査2026春 6カ国比較」(大企業を中心とした調査)によれば、日本企業の生成AIの活用・推進度は87%に達し、米国など他国と大きく見劣りしない水準まで広がりました。導入そのものは、もはや一部の先進的な企業だけの取り組みではなくなっています。
では、その投資は経営成果につながっているのでしょうか。ここで、いくつかの調査データを見てみます。
これらのデータが示しているのは、「生成AIに価値がない」ということではありません。MITのレポートが失敗の主因として挙げているのは技術の未熟さではなく、AIを業務プロセスや組織の仕組みに統合し、そこから学習していく力の欠如です。同レポートはこれを組織側の学習ギャップと呼んでいます。成功企業と失敗企業を分けていたのも、業務プロセスへの深い統合や現場主導の導入といった、いわば「何の課題を、どう解くか」という設計の質でした。つまり、うまくいかない原因の多くはツールから入ってしまい、課題の設計が後回しになる進め方にあると考えられます。
そしてこの「課題設計」こそ、生成AIブーム以前からAI活用の成否を分けてきた、変わらない本質です。
ここで一度、AIの全体像を整理してみます。現在「AI」と呼ばれているものは、得意とする問いの種類によって、大きく次のように分けられます。
| 従来型AI(予測・分類・最適化) | 生成AI | |
|---|---|---|
| 得意な問い | 「いくつ売れるか」「壊れる兆候はあるか」「どの組み合わせが最も効率的か」 | 「この文章を要約すると」「この資料を作ると」「このコードを書くと」 |
| 主な手法 | 機械学習(回帰・分類)、時系列予測、異常検知、数理最適化 | 大規模言語モデル(LLM)、画像・動画生成モデル |
| 主な入力データ | 自社の業務データ(販売実績、センサーデータ、行動ログなど) | 言語・知識・画像(社内文書、Web上の知識など) |
| 価値の出方 | 意思決定の質の向上 → 売上最大化、在庫削減、稼働率向上などP/Lに直結 | 知的作業の効率化 → 作業時間の削減、アウトプットの量と速度の向上 |
| 成功の条件 | 課題設計とデータの質。業務固有のデータや制約条件の質が成果を左右する | 業務プロセスへの統合と利用定着。汎用知識だけならすぐ使える |
たとえば需要予測を考えてみます。業務データに接続していない生成AI単体に「来月、この商品はいくつ売れますか?」と尋ねても、根拠のある答えは返ってきません。生成AIは言語化された知識のパターンを学習したものであり、自社の販売実績・価格・天候・キャンペーン履歴といった業務データを知らないからです。需要予測に必要なのは、それらのデータを集めて整備し、業務の構造に合わせて予測モデルを設計することです。これは生成AIの登場前も後も、変わっていません。
「では、業務データに接続すればどうか」。最近はRAG(検索拡張生成。社内データを検索して回答に反映させる仕組み)やツール連携によって、生成AIに自社データを参照させることができるようになりました。これにより「昨年同月の販売実績は?」といった事実の参照や、関連情報の要約はできるようになります。しかし、それでも汎用的なLLM単体が、業務構造をモデル化せずに精度のある需要予測の数値をはじき出すわけではありません。需要予測には、季節性やトレンド、価格弾力性、欠品の影響といった構造をモデル化する専用の予測手法が必要だからです。業務データに接続された生成AIが担うのは、むしろ「どの予測モデルを呼び出し、その結果をどう現場に橋渡しするか」という司令塔の役割です。実際、近年伸びているのも、生成AI(LLM)が予測モデルや数理最適化、コード実行を“道具”として呼び出す「AIエージェント」型の構成です。いずれにせよ、価値の源泉は予測モデルを含む設計の側にあり、生成AIはそれを使いやすくする層だ、という関係は変わりません。
逆に、議事録の要約や問い合わせ対応文の下書きを従来型の機械学習で作ろうとすれば、膨大な開発コストがかかるでしょう。これらは生成AIの独壇場です。両者は、解く問題が違う技術なのです。
従来型AIが経営インパクトに直結する例として、需要予測と発注最適化を見てみます。
たとえばローソンは、AIによる需要予測を組み込んだ次世代発注システム「AI.CO(アイコ)」の全国展開を2024年5月に開始し、同年7月に全国の店舗への導入を完了しました。店舗別の販売実績・天候・品揃え・値引き履歴などのデータをもとに、発注数と値引きのタイミング・金額を一貫して推奨する仕組みです。日本経済新聞が2020年時点のAI需要予測の取り組みについて報じた際には、仕入れ数予測で実需との誤差を3割程度改善する見通しとされており、AI.COはこうした需要予測・発注推奨の仕組みをさらに発展させたものと位置づけられます。
同社は2030年までに店舗食品ロスの半減(2018年比)を目指しており、2026年1月に発表された決算でも、平均日販を伸ばせた要因の一つとしてAI.COの活用が挙げられています。
この取り組みの背景にある金額の規模も見ておきます。公正取引委員会が2020年に公表したコンビニエンスストアの実態調査では、加盟店1店舗あたりの年間廃棄ロス額は468万円(中央値)とされています。ローソンは国内に約1万4千店舗を展開していますから、チェーン全体の食品廃棄は単純計算で数百億円規模に及びます。
注目していただきたいのは、この種の取り組みの価値が「どのAIモデルを使ったか」ではなく、その手前の設計で決まっているという点です。ここで言う設計とは、技術から発想することではなく、お金から逆算して組み立てることを指します。
1つ目の例は、ホテルの客室価格の設定です。専門性が高く担える人が限られるため、事業を拡大する余地があっても、価格を決められる人の数がボトルネックになります。ここにプライシングAIを入れると、専門職の工数が浮き、担当できる施設を増やせて、結果として売上が伸びます。これはコスト削減のAIではなく、売上を伸ばすためのAIです。どのボトルネックが解消されると、どのお金が動くのか。その見立てが設計の中心にあります。
2つ目は、生成AIによる業務効率化です。ルーチン業務の工程を分解し、どの工程をどれだけ削れるかをPoCで検証する。ここまではよく行われますが、成果と呼べるのは、浮いた工数で新規案件を取る、新しい機能を作るといった使い道まで設計されたときです。「便利になった」で止まるか、「生産性が上がった」まで到達するかの分かれ目はここにあります。
どちらの例も、精度で当てたから成果が出たのではなく、どの業務の、誰の行動が変わり、その結果どのお金が動くのかを先に決めています。この逆算は、おおよそ次の6つのステップに整理できます。
お気づきのとおり、「生成AIを使うかどうか」が決まるのはステップ3です。順序が逆になり、ツールが先に決まってしまうと、そのツールで解ける課題を後から探すことになります。効果が出にくいのは、ある意味で当然なのかもしれません。
そしてもう一つ。ステップ1と2は、生成AIに代行させることが難しい仕事です。どのデータに価値が眠っているか、業務のどこに非効率があるかは、現場とデータの両方を見なければ分かりません。地味ですが、ここがAI活用の成否を分ける本丸だと考えています。
評価はすべて金額ベースの投資対効果(ROI)で行い、開発・導入から運用・保守・教育までを含む総コストを効果が上回るかまで見極めます。ステップ4の出口設計とは、人の行動が変わる仕組みまで作り込むことを指します。AIの出力が変わっても、人の行動とお金の動きが変わらなければ成果はゼロだからです。ChatGPTやClaudeの導入のように、きっかけがツールであること自体は構いません。出口が設計されているかどうかがすべてです。なお、ステップ6のスケールと定着はAI固有の問題というより組織変革の問題であり、危機意識の共有から始まるコッターの変革8ステップ(組織変革の定番とされる8段階のプロセス)がそのまま応用できます。現場は今の仕事が回っているからこそ、「楽になる」ではなく「競争に勝つために必要」という共通認識を作れるかが分かれ目になります。

この設計プロセスの重心がどこにあるかを、端的に示す経験則があります。ボストン コンサルティング グループ(BCG)は多数のAI導入支援の知見から、AIで価値を出すための努力の配分を「アルゴリズムに10%、テクノロジーとデータ基盤に20%、人と組織・業務プロセスに70%」とする、いわゆる10:20:70の法則を提唱しています。6つのステップに当てはめると、モデルそのものに関わるのはステップ3の一部にすぎず、残りはすべて70%側の「人とプロセス」の仕事です。技術起点でプロジェクトを考えることは、この配分で言えば10%の部分に90%の関心を注ぐことに近く、投資の置き場を誤りやすくなります。お金から逆算する設計とは、最初から70%側に軸足を置く進め方のことだと考えています。
誤解のないように、生成AIが力を発揮する場面も整理しておきます。
さらに最近では、両者を組み合わせる動きが本格化しています。たとえば、需要予測モデルの出力を生成AIエージェントが解釈し、発注担当者に自然言語で推奨理由を説明する、といった構成です。こうした複数のAI技術を組み合わせるアプローチは、Gartnerの用語で「コンポジットAI(Composite AI)」と呼ばれ、AI活用の重要な方向性の一つとされています。
なお、時系列予測の領域でも、LLMで広がったTransformerや事前学習・基盤モデルの考え方を応用した予測モデル(TimeGPT、Amazonが公開するChronosなど)が登場しており、技術の境界は今後さらに溶けていくでしょう。ただし、それでも変わらないことがあります。どのデータで、どの課題を解き、どれだけのインパクトを狙うのかという設計は、モデルがどれほど進化しても自動では生まれない、ということです。
ここまでの話を、経営者・DX推進のご担当者の方向けに、一つの問いの転換としてまとめます。
×「生成AIをどう活用するか?」
○「自社のどの課題を解けば、最も大きな利益改善になるか?その実現手段として最適なAIは何か?」
前者の問いから始めると、検討の範囲は生成AIで解ける課題に限定されます。後者の問いから始めれば、生成AIも従来型AIも、等しく選択肢として比較できます。結果として生成AIが最適解になるなら、それで何の問題もありません。大切なのは、選択肢を最初から狭めないことだと思います。
もし自社のAI活用が「ツールは導入したが、効果がよく分からない」という状態にあるなら、一度立ち止まって、データの棚卸しとインパクトの試算から始め直すことをおすすめします。遠回りに見えて、それが最短経路だと考えています。
ここまでは、何を解くかという課題設計の話でした。AIで成果を出すというのは、精度の高いモデルを作ることではなく、どの課題を選び、業務の何を変え、どのお金を動かすのかを決めることだ、という整理をしてきました。
そうすると、次に出てくる問いは自然とこうなります。その設計ができる人は、どうやって育つのでしょうか。
この問いは、まず自社の中で考えてみていただくのがよいと思います。いま社内で「このAIは業務の何を変えるのか」を最初に言葉にしているのは誰でしょうか。そしてその人は、どこでその見方を身につけたのでしょうか。教わって身についたというより、何度か外して、なぜ効かなかったのかを人に説明する立場に立った経験が効いている、というケースが多いのではないかと思います。
育成の手段として世の中に用意されているものを見渡すと、真っ先に目に入るのはAI人材研修です。実際、多くの企業がここから着手します。では、研修でこの設計力まで届くのでしょうか。
届く部分と、届かない部分があります。まず、研修や独学でどこまで到達できるのかを整理してみます。データ分析や機械学習の手法、ツールの使い方、世の中のユースケースの知識といった一般化できる知識は、良い研修を選べばきちんと身につきます。さらに一歩進んで、自社の実データに対してモデルを実装するところまで到達できる人も出てきます。実データへの実装は、それだけでも多くの壁を越える必要のある立派なスキルです。
問題は、その先です。「そのAIは業務の何を変え、どのお金を生むのか」を設計する視点は、研修ではほとんど扱われません。世の中のAI研修の多くは専門技術の習得に着地するよう作られており、学んだユースケースが自社にとって効果的かどうかの判断のつけ方までは教えてくれないのです。
結果として、「AIを実装できる人」は増えたのに、「AIで成果を出せる人」は増えていない、という状態が生まれます。先に見たMITのレポートが失敗の主因を組織側の学習ギャップに求めていたのは、この構造と重なります。技術を学んだ人が増えることと、この学習ギャップが埋まることは、別の話なのです。

研修で設計する力が身につきにくい理由は、精神論ではなく、構造的なものが3つあると考えています。
設計の視点が抜けたときに起きることの象徴が、「AIの精度を上げれば成果が出る」という考え方です。これは正確に言えば、「精度向上が成果に直結する設計がある場合のみ本当」です。たとえば需要予測の誤差が1%改善したとします。1店舗だけで使うなら誤差の範囲かもしれませんが、全国の店舗で毎日の発注に使われる設計になっていれば、1%の改善が積み上がって大きなインパクトになります。成果を生んだのは精度そのものではなく、精度改善がスケールして効果に変わる設計です。
逆に危険なのが、「人がやっている業務を、人以上の精度のAIで置き換えてコストカットする」型のプロジェクトです。単価だけを比べればAIのほうが安く見えるために生まれる発想ですが、実務では人以上の精度が出るAIはそれほど多くありません。人はデータに残らない情報も見て判断しているからです。「外れたデータを再学習させれば当たるようになる」という考え方も誤解で、外れた事例だけを偏って継ぎ足す再学習は、かえって学習データの分布を歪めるおそれがあります。ノイズを含む現実の業務データで100%の精度を出すことは原理的に望めず、「精度○%まで頑張ります」と約束する型の案件が行き詰まりやすいのは、この構造によるものです。精度向上の方法論を知ること自体は設計の幅を広げる重要な知識ですが、精度は事業成果のKPIではなく、成果に結びつく設計の中で初めて意味を持つ数字です。

ここまでの内容は、アプリ開発に置き換えると分かりやすいと思います。プログラミング研修をいくら受けても、ヒットするアプリの企画力は身につきません。そして多くの企業では、育成のゴールが「技術の習得」に置かれています。研修の修了者数、資格の取得者数、使えるツールの数。これらはすべて技術習得の指標であって、成果の指標ではありません。ゴールがズレたまま研修と人材とツールをいくら足しても、成果にはつながらない。これが、AI人材育成が空回りする最大の構造だと考えています。正しいゴールは、技術の習得ではなくプロジェクト設計力に置くべきです。
研修では届かない部分がどこかを見たうえで、あらためて育て方の話に入ります。
まず人材像から言えば、成果を出すAI人材とは、インパクトから逆算する思考の型と、事業を観察して行動変容まで想像する行動の型を併せ持つ人です。また、AI人材には大きく研究者タイプとビジネスパーソンタイプがいて、その違いはスキルではなく本人のモチベーションにあります。技術を深めることに喜びを感じる人を無理に設計側へ寄せても長続きしません。タイプを見極めて方向づけることが、育成の前提になります。
「作れる人材」とは別に「設計する人材」という類型が必要だという見方は、公的なスキル標準でも明確になっています。経済産業省とIPAが策定した「デジタルスキル標準」は、DXを推進する人材類型の一つとして、ビジネスの課題設定と変革の牽引を担うビジネスアーキテクトを置いています。データサイエンティストやエンジニアと並ぶ独立した類型として課題設定側の人材が定義されている点は、本稿の整理と重なります。育成計画を作る際にも、「自社はどの類型の人材を、何人育てたいのか」をこの標準に照らして言語化してみると、ゴール設定の解像度が上がります。
そのうえで、育て方の答えはシンプルです。育成のゴールを「技術の習得」から「プロジェクト設計力」に置き直し、設計力が育つ環境を用意することです。ここで重要なのは、設計力は研修だけでは身につかない一方で、実案件に参画させるだけでも育たないということです。成果を問われない案件にいくら参画しても、技術は伸びても設計力は伸びません。設計力が育つ環境には、次の4つの条件が必要だと考えています。
この4つは、いずれもインパクトという一本の軸でつながっています。順に見ていきます。
ここでいう「成果」は、インパクトのことです。モデルが完成したかどうか、精度が目標に届いたかどうかではありません。その取り組みによって事業の数字がどれだけ動いたか、です。
なぜこれが第一の条件なのか。成果がインパクトで定義されていないプロジェクトでは、インパクトに向かって進められたかどうかが評価されないからです。評価されないものを、人は自分のKPIとして持ちません。「精度が出たら成功」とされる環境に置かれた人は、精度を上げることを考えるようになります。それは怠慢ではなく、環境に対する合理的な反応です。結果として、インパクトから逆算して考え、動くという習慣が身につかないまま時間が過ぎていきます。
そして、この条件を研修で満たすことは原理的に困難です。研修の中では、インパクトを本気で考える理由がありません。教材のケースがどれだけよくできていても、その数字が動いても誰の事業も変わらないからです。一方、実際の会社のプロジェクトであれば、インパクトを問うKPIを置くことができますし、そもそも事業として行う以上、置かれていなければおかしい。実案件は、この条件を自然に満たせる場なのです。
自社の状況を診断するなら、進行中のAIプロジェクトの評価指標を見てみてください。そこに金額や業務量の変化が入っていなければ、条件1は満たせていません。
では、インパクトに結びつけるには何を考える必要があるのか。どういう消費者の行動の変化を起こすのか、どういう業務フローの変化を起こすのか、です。これを考えることが、ここでいう設計にあたります。
「こういうモデルを作ってください」という形で仕事が渡されると、本人が考えるのは実装だけになります。モデルは完成し、精度も出る。しかし、それが現場の誰の動きを変え、どの数字に効くのかは、誰も考えていない。これが、実装できる人は増えたのに成果が出ないという状態の、現場での姿です。
ですから、与えるべき役割は「作る」ではなく、データやAIを使って、現状(As-Is)の何を、どう変えて、どうインパクトにつなげるのかまでを考える機会です。ここに関与させないかぎり、伸びるのは技術だけです。
これは、必ずしも一人で全部を担わせるという意味ではありません。設計の議論の場に入れる、試算の一部を任せる、現場ヒアリングに同席させる。関与の度合いは段階的でかまいませんが、「決まった仕様を受け取るだけ」の状態から出すことが要点です。
条件1と2を用意しても、それだけでは足りません。その2つの観点でちゃんと評価して、導ける人が必要です。
設計の良し悪しは、本人には見えにくいものです。「それ、AIでやる意味はありますか」「そのインパクト試算の根拠は何ですか」「その施策で、現場の誰の行動が変わるのですか」。こう問い直せる存在がいなければ、レビューは技術レビューに退化します。モデルの選び方やコードの書き方は指摘されるのに、そもそも何を解くべきかは誰も問わない。そうなると、条件1で置いたKPIも、条件2で与えた役割も、生きてきません。
実務でいちばんつまずきやすいのが、この条件です。「成果目線でレビューする存在」が社内にいない企業は少なくありません。技術を評価できる人はいても、インパクトの観点から設計を問い直せる人がいない。育成のループは、ここで止まります。ここを外部の伴走で補うことも、有効な選択肢だと考えています。
最後の条件は、これまでの3つとは性質が違います。そもそもインパクトに興味がない人もいる、という話です。
インパクトになるかどうかは分からないけれど、とにかく何かイノベーションを起こしたいという人がいます。あるいは、AIとはどういうものなのかを細部まで詳しく理解したい、という研究者気質の人もいます。どちらも、それ自体はまったく問題のない、むしろ貴重なモチベーションです。
問題は、そういう人に無理にインパクトを押しつけたときに起きます。うまくいきませんし、どうしても目線がズレていきます。本人にとっても不幸ですし、組織にとっても、本来その人が発揮できたはずの力を取りこぼすことになります。
ですから、この条件は適材適所の話です。全員を設計側に寄せる必要はありません。設計を担う人を見極めて育てる一方で、技術を深めることに喜びを見出す人には、その方向で力を発揮してもらう。タイプを見極めることは、選別ではなく、それぞれが伸びる場所に置くための作業です。
研修が不要だと言いたいのではありません。役割分担の問題です。一般化できる技術・知識を効率よく与えるには、研修は正しい手段です。一方で設計力は、上の4条件を満たす実案件の中でこそ育ちます。研修と実案件を両輪として設計することが、成果を出すAI人材育成の全体像です。
この両輪の比重については、人材育成の分野で古くから知られる経験則があります。米国のリーダーシップ研究に由来する整理(ロミンガーの法則、あるいは70:20:10モデルと呼ばれます。先に触れたAI投資の配分の10:20:70とは別の経験則です)では、人の学びの約7割は実務経験から、約2割は上司や周囲からの助言やフィードバックから、座学からは約1割とされています。研修だけを積み増しても、学びの1割の部分しか動かせません。ただし、これを「実案件に放り込めば7割は勝手に育つ」と読むのも誤りです。7割を占める経験の質は、どんな案件で、どんな役割で、誰のレビューを受けるかで決まります。4条件のうち条件1と2が「経験の7割」の質を、条件3のレビュアーが「フィードバックの2割」の質を担う、という対応になります。

本稿では、「AI活用=生成AI」という認識への違和感を出発点に、生成AIと従来型AIの違い、両者に共通して欠かせない課題設計、そしてその設計を担う人材の育て方までをお話ししました。
課題設計と人材育成は、別々のテーマではありません。設計されたプロジェクトがなければ設計力は育たず、設計力を持つ人がいなければ次のプロジェクトも設計されないという関係にあります。出口設計のない導入は「便利な道具が増えた」で終わり、投資だけが膨らんでいきます。一方で、設計力を持つ人材を育て、成果を出しながらその原資を次のAI投資に回す組織との差は、開いていく一方です。着手は早いほど、効果が大きいと考えています。
Anagraftでは、特定のツールありきではなく、お客様のデータと業務の現実から出発して、インパクトのある課題を設計し、最適な手法で実現するご支援をしています。AIプロジェクトの構想・課題設計から、データ分析・機械学習モデルの開発、AI人材の育成まで一貫してお手伝いできます。「生成AIも気になるが、自社のデータで何ができるのか知りたい」という段階のご相談も歓迎です。会社概要・ご支援内容の詳細は、以下の資料からご覧いただけます。